これはアンデルセン童話の世界の物語。
◆
昔、ある国にエリサという王女がいて11人の兄王子と仲良く暮らしていましたが、父王が再婚した継母によって国を追われ兄たちも行方知れずになってしまいました。
親切な仙女の助言で遠い国で暮らす兄たちと再会しましたが、継母の呪いのせいで兄たちは白鳥に変えられて夜だけ人間に戻っていたのです。
遠く海を渡った先の国に住んでいた兄たちは、エリサをその国に運び密かに森の中で暮らすようになりました。しかし呪いはそのままで、仙女によって神の試練が伝えられました。とげとげのイラクサで一人一人にハチマキを作ること、その間は一言も口を開いてはいけないこと。
突然話さなくなったエリサに兄たちは戸惑いますが、エリサはただただ黙って作業を続けます。
そんな時、たまたま狩りに来た若い王がエリサを見つけてしまい、妻にすると言って城に連れていかれたのです。城は祝賀ムードに包まれますが、エリサは変わらず作業を続けます。その様子を唯一疑いの目で見ていた大僧正が、夜中に抜け出して教会の墓地でイラクサをつむエリサを見てやはり魔女だと騒ぎます。王もこれには逆らえず、火あぶりの刑に決まってしまいます。
処刑の日、粗末な馬車に乗せられたエリサは膝の上で懸命に作業を続けます。まだ全員分のハチマキが完成しないのです。
民衆はその姿に罵声を浴びせますが、その時白鳥姿の兄さんたちが十字架にかけられるエリサに空から一斉に舞い降り、エリサもついに立ち上がって手にしていたハチマキを全員に投げかけました。
見る見る11人の立派な王子たちに姿が変わり、十字架の薪はバラのつるに変わって美しい真紅のバラが香り花開きました。ただ、時間が足りなかったため、最後の1番下の兄だけが2本の腕が白鳥の翼のままでした。まあ、スローインはできないけどいいか、と兄は笑っていまっしたが。
こうしてエリサの馬車は城へと戻っていきました。祝福の鐘の音が自然に鳴り響きます。
誰にも明かさなかった最後のハチマキ。他のハチマキにはそれぞれの名前だけが縫い取りされていましたが、この1本だけは I LOVE YOU と入れられるところだったのを兄たちも誰も知りません。これさえ入れようとしなければ間に合ったのに、とどこかで仙女がため息をついていただけでした。
◆
「すみません、マッチ…」
大みそかの夜、歩道を歩きながら力なく声を上げる少女がいた。
ある程度の人通りはあったが、駅前からふらふらと進んできた道は、この時間だんだんとまばらになってきた。
「あの、マッチを」
さっきまで降っていた弱いみぞれは、次第に雪交じりになってきていた。風も出てきたようで、小さくせき込みながらの呼びかけは、ともすれば風にかき消されがちだった。
すれ違う通行人の中にはこちらに目を止める者も時折いたが、特に関心を向けることもなくめいめいに行き過ぎていく。
何度も手をこすり合わせるが指先の感覚は薄れていくばかり。吹きかける息も効果はない。
右手に握っていたスマホアプリの地図が、指の震えでぱっと静止画に切り替わった。暖かそうな薪ストーブ。思わずその火に手を伸ばしそうになったが、無情に画像は消える。
「マッチをどうか…」
声をかける相手ももうこのあたりではわずかだ。
「せめて、マッチはどこなのか、それだけでも」
はて、何を言っているのか、口の中で声は小さく消えかける。
「お嬢ちゃん」
「え?」
女性の声がした。
「もう誰もいないわよ、こんなとこで呼んでも」
あわてて見回すと公園の低い植え込みの前に高級そうな乗用車が停まっていて、窓から若い女性がふらふらと手招きしていた。
「待ち合わせの相手が来なくてねえ、ちょっと付き合って」
「はあ…」
押し付けられた缶を手に取ると、ジワリと温かい。
スマホは膝に置いて両手に包む。凍えた手に缶は温かかった。
女性はかなりできあがっているらしく、バッグから次々缶を出しては景気よくあおるあおる。
「少しはあったまるでしょ、はいどんどん行こう!」
「どうも…」
つぎつぎ飲むうちになんだか現実がわからなくなっていく。
「え、迷子なの、あなた」
「こんなに探してるのに、マッチ! マッチはどこなのーっ」
女性の方もだんだんと言っていることが意味不明になっていき、助手席の彼女はついに意識が薄れ始めた。
ふわふわと遠のいていく景色が彼女の目の前で温かな思い出と重なっていった。
1月1日の朝。路駐の乗用車の助手席に横たわっているところを彼女は発見された。
「どうして…どうしてこんなところで」
そのドアの前で涙にくれるもう一人の少女。
「淳の家だとすぐ見つけられるるからうちに来なさいって言っておいたのに。着かないから心配したのよ」
謎の女性の姿はない。こちらはこちらで車を抜け出して、連れと約束していた初日の出の展望台で眠りこけているのを回収されたようだが、彼らの知るところではない。
「オレ、小学の頃チームメイトに冗談半分にマッチョとかマッチとか呼ばれてたんだけど、藤沢、どういうわけか真似たかったらしいんだ」
「仲間意識に加わりたかったのね。でも美子ちゃん、うちは荻窪じゃなくて西荻窪なのよ」
ぶつぶつとつぶやくのは、晴れた青空の下、甘酒に酔った一人の少女の寝言だった。
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昔、ある国にエリサという王女がいて11人の兄王子と仲良く暮らしていましたが、父王が再婚した継母によって国を追われ兄たちも行方知れずになってしまいました。
親切な仙女の助言で遠い国で暮らす兄たちと再会しましたが、継母の呪いのせいで兄たちは白鳥に変えられて夜だけ人間に戻っていたのです。
遠く海を渡った先の国に住んでいた兄たちは、エリサをその国に運び密かに森の中で暮らすようになりました。しかし呪いはそのままで、仙女によって神の試練が伝えられました。とげとげのイラクサで一人一人にハチマキを作ること、その間は一言も口を開いてはいけないこと。
突然話さなくなったエリサに兄たちは戸惑いますが、エリサはただただ黙って作業を続けます。
そんな時、たまたま狩りに来た若い王がエリサを見つけてしまい、妻にすると言って城に連れていかれたのです。城は祝賀ムードに包まれますが、エリサは変わらず作業を続けます。その様子を唯一疑いの目で見ていた大僧正が、夜中に抜け出して教会の墓地でイラクサをつむエリサを見てやはり魔女だと騒ぎます。王もこれには逆らえず、火あぶりの刑に決まってしまいます。
処刑の日、粗末な馬車に乗せられたエリサは膝の上で懸命に作業を続けます。まだ全員分のハチマキが完成しないのです。
民衆はその姿に罵声を浴びせますが、その時白鳥姿の兄さんたちが十字架にかけられるエリサに空から一斉に舞い降り、エリサもついに立ち上がって手にしていたハチマキを全員に投げかけました。
見る見る11人の立派な王子たちに姿が変わり、十字架の薪はバラのつるに変わって美しい真紅のバラが香り花開きました。ただ、時間が足りなかったため、最後の1番下の兄だけが2本の腕が白鳥の翼のままでした。まあ、スローインはできないけどいいか、と兄は笑っていまっしたが。
こうしてエリサの馬車は城へと戻っていきました。祝福の鐘の音が自然に鳴り響きます。
誰にも明かさなかった最後のハチマキ。他のハチマキにはそれぞれの名前だけが縫い取りされていましたが、この1本だけは I LOVE YOU と入れられるところだったのを兄たちも誰も知りません。これさえ入れようとしなければ間に合ったのに、とどこかで仙女がため息をついていただけでした。
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「すみません、マッチ…」
大みそかの夜、歩道を歩きながら力なく声を上げる少女がいた。
ある程度の人通りはあったが、駅前からふらふらと進んできた道は、この時間だんだんとまばらになってきた。
「あの、マッチを」
さっきまで降っていた弱いみぞれは、次第に雪交じりになってきていた。風も出てきたようで、小さくせき込みながらの呼びかけは、ともすれば風にかき消されがちだった。
すれ違う通行人の中にはこちらに目を止める者も時折いたが、特に関心を向けることもなくめいめいに行き過ぎていく。
何度も手をこすり合わせるが指先の感覚は薄れていくばかり。吹きかける息も効果はない。
右手に握っていたスマホアプリの地図が、指の震えでぱっと静止画に切り替わった。暖かそうな薪ストーブ。思わずその火に手を伸ばしそうになったが、無情に画像は消える。
「マッチをどうか…」
声をかける相手ももうこのあたりではわずかだ。
「せめて、マッチはどこなのか、それだけでも」
はて、何を言っているのか、口の中で声は小さく消えかける。
「お嬢ちゃん」
「え?」
女性の声がした。
「もう誰もいないわよ、こんなとこで呼んでも」
あわてて見回すと公園の低い植え込みの前に高級そうな乗用車が停まっていて、窓から若い女性がふらふらと手招きしていた。
「待ち合わせの相手が来なくてねえ、ちょっと付き合って」
「はあ…」
押し付けられた缶を手に取ると、ジワリと温かい。
スマホは膝に置いて両手に包む。凍えた手に缶は温かかった。
女性はかなりできあがっているらしく、バッグから次々缶を出しては景気よくあおるあおる。
「少しはあったまるでしょ、はいどんどん行こう!」
「どうも…」
つぎつぎ飲むうちになんだか現実がわからなくなっていく。
「え、迷子なの、あなた」
「こんなに探してるのに、マッチ! マッチはどこなのーっ」
女性の方もだんだんと言っていることが意味不明になっていき、助手席の彼女はついに意識が薄れ始めた。
ふわふわと遠のいていく景色が彼女の目の前で温かな思い出と重なっていった。
1月1日の朝。路駐の乗用車の助手席に横たわっているところを彼女は発見された。
「どうして…どうしてこんなところで」
そのドアの前で涙にくれるもう一人の少女。
「淳の家だとすぐ見つけられるるからうちに来なさいって言っておいたのに。着かないから心配したのよ」
謎の女性の姿はない。こちらはこちらで車を抜け出して、連れと約束していた初日の出の展望台で眠りこけているのを回収されたようだが、彼らの知るところではない。
「オレ、小学の頃チームメイトに冗談半分にマッチョとかマッチとか呼ばれてたんだけど、藤沢、どういうわけか真似たかったらしいんだ」
「仲間意識に加わりたかったのね。でも美子ちゃん、うちは荻窪じゃなくて西荻窪なのよ」
ぶつぶつとつぶやくのは、晴れた青空の下、甘酒に酔った一人の少女の寝言だった。
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