「え、理由?」
取材がすべて終わったタイミングで、記者のちょっとした雑談が反町を振り向かせた。
「あー、確かに言われてみれば」
「だな」
一緒に対応していた島野もうなづく。
「うちって、そういや女子マネいないもんね」
「うーん」
腕を組みなおす。
「南葛にはいるし、武蔵にもいるよね。あ、ふらのにも複数」
頭をひねって数え上げている。
「花輪と比良戸は男子校だし、東一中は実質インターナショナルスクールだからそもそも生徒がマネージャーをって考え自体なくて管理は外部に任せてるそうだし」
「理由は簡単かな」
話が脱線しかけたので島野は遠慮なく口をはさんだ。
「そもそも頼めるような女子がいない」
「えっ、東邦って共学だろ?」
記者もタメ口になっている。
「男女比は半々くらいだし、女子はいっぱいいるんじゃないの?」
「ウチ、部活加入率がハンパないんですよ」
「え?」
「中等部で98%ですからね。運動部が8、文化部が2、その平均が」
「ああ、校長がことあるごとに言うもんな、98」
もっとも数字はだんだん下がるようで、高等部で90%、大学部で65%だそうだ。それでもすごい。
「ウチはスポーツ校みたいなもんですからね」
その体育系の部活もジャンルの広さは大概で、トライアスロンやヨット部なんかを別にすれば何でもアリ、だ。
「つまりヒマしてる女子がいなくって。ほら3年生だと4クラスで120人だから、1人か2人だよー、帰宅部の女子って」
反町の言う帰宅部とは便宜上の言い方で、全寮制のここでは帰宅はありえない。つまりその少数派は病気などの何らかの事情のある人数だ。
「なるほどねえ。それで2軍3軍の仕事になってるわけか、マネージャー業」
「そうです」
「じゃあ彼女とか作る余裕もないね」
記者が言い出すと反町はにやりとした。
「それはまた別でねー。てゆーか3年レギュラーで彼女持ちはえーと1.5人かな」
「なんだい、てんご、って」
「へへへー、一人は川辺で、2年生の子をちゃっかりつかまえてます。もうひとりは…」
「おい、やめろよー、適当言うの。彼女じゃないって」
向こう側で大きな声で抗議しているのは今井だった。
「ほら、こんなふうに絶対認めないんだよね。だから1.5」
「もう、違うよ。志保はただの幼馴染だから! 付き合ってなんていないから!」
「志保だって」
反町は小さい声で呟いてにやにやしている。今井は憤慨したように手に持っていたスマホでLINEの画面を突き出した。
「見ろよ。こんなのが彼女のわけあるか」
『やほ~、優勝したんだって? おめでとー。私も勝ったよ。おみやげちょうだい』
「仲よさげじゃないの。えーと、勝った、って?」
記者が首をひねる。
「弓道部の子なんですよ。特待生で」
「へえ? 特待生って…。もしかして二木橋、志保?」
記者は電気が流れたようになった。
「あの、国内で無敵って言われてて、今度の選手権でもパーフェクト優勝した、あの?」
「そうなんですか? よくウチにも遊びに来るからみんな顔は知ってますけどね」
サッカーと弓道ではあまりに畑違いで、いっそ垣根がないらしい。
「なるほどー、おまえコバトンのキーホルダー買ってたの志保ちゃんのだったのか」
「うるさい!」
とやっているところへ部室に学校職員が顔を出した。
「サッカー部の今井君? これ弓道部から預かってきましたから」
大きくはないもののずしっと重量感のある荷物だった。
「なんだ、これ?」
「大会の副賞だったらしいですよ」
さっそく集まっているサッカー部員を見ながら職員の女性はにこにこと去った。
「至急って書いてあったので」
部員は明日戻るので先にまとまった装備などを送ってきたらしい。
包装紙を開いて今井は唖然とし、それから急いでLINEを打ち始めた。
「でもねえ、幼馴染がこんな特殊な私立校で一緒になんてなりますかねえ」
それもエリート同士で。
「どっちがどっちを追いかけてきたんだか」
そこは島野も反町と意見を一致させる。生ぬるい目で今井を見ながら。
『なんてもんを送ってくるんだ。バカー』
至急、そして天地無用と書かれていたそれは生きた金魚だった。
「あ、弓道の選手権、今年は奈良だったな」
「今井クン、金魚ことばって知ってる?」
宵ノ錦の背赤。それは――。
青春は謎だらけ。中3の盛夏のことだった。
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