合宿所の談話室。今日は昼間に外部のチームとの交流試合があり、代表の面々はいつもより気を緩めた自由時間を過ごしていた。
「おい見ろよ」
そんな中、夕食後のことだった。
「こんなとこで居眠りしてるぜ、若島津」
誰かの声に何人かが振り返る。
テレビのある部屋の戸口とは反対側、いちばん端の角ソファーにもたれた格好で、長い髪に顔を片側隠すようにして若島津は眠りこけていた。
「試合で消耗したかな?」
「しーっ」
気づいて注目するばかりか近寄ろうとする者までいて、逆に制止する声も。
「眠らせておいてやろうよ」
しかしおろおろと止めに入るのは一人だけ、あとは珍しいものを見たという好奇心で手まで出そうとしている。
「こいつさ、髪に触ろうとすると怒るんだぜ」
「そうそう、一度触ってみたかったんだ」
へへへと伸ばす手。変態である。
指でちょっとつまむ。
「全然手入れしてないな、こいつ」
思ったより柔らかくはなかったようだ。
「こんなことしてみたりー」
「おい、大胆な」
誰かが両手で髪先を持って二手に持ち上げて見せたりしている。
「起きないぞ?」
「もっといじってやれ」
面白がる声が多勢だ。誰しも興味を持っていたようだ。
「だ、ダメだってば。疲れてるんだろ? そっとしておいたほうが…」
反対する声はもう脇に追いやられている。
「あれっ?」
髪に触っていた一人が声を上げた。
「何さ、これ?」
差し上げたのは5センチほどの六角ボルトだった。皆の目が留まる。
「おいこれ」
反対側にいたヤツが髪の中からまた何か見つけたようだ。
「うまい棒なんか持ってやがった」
しかも2本。ちなみにチーズとチキンカレー味だ。すぐに手から手に渡って何人かの腹の中に入る。
「あ」
さらに別の方向からは…。
「エアコンのリモコンだ!」
「なにーっ、こないだからないと思ってたら」
「おい、これ…」
続いてそーっと引っぱり出されたのはキジトラの子猫。生まれていくらも経っていない様子で、温かい所から出されてジタバタしている。
「ええーっ!」
とうとうポケット時刻表まで髪から出てきて全員が黙りこくってしまった。
「ん? あー」
その沈黙が落ちる中、若島津が動いた。ソファーに体を起こし頭を一振りして伸びをする。
「なんだ、眠ってたか。フロ入って寝直そう」
一人で納得して談話室からさっさと去る。
「どうしたらいいんだ、こいつ」
その後ろ姿に何も言えず、子猫を抱いた誰かの声。
「だからやめとけって言ったのに…」
森崎の小さなつぶやきは、やはり誰も聞いてはいなかった。
end
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