「おおい、若島津、ちょっとこっちも頼む」
「俺も俺も!」
夏の欧州合宿で最初の滞在地だった施設を離れたユース代表。今日は数時間かけての移動日だった.。
「うわー、健ちゃん大人気だねえ」
呼ばれて立ち上がった若島津の背後から声がした。
「便利屋ケンちゃん」
ばきっ。
無言で一発食らわせてバスの前方に向かう。期待を込めて待ち構えるチームメイトのさらに前列では監督が申し訳なさそうな表情で振り返っていた。
「世話かけるな」
「別にいいですけど」
反町の言葉は決して大げさではなく、確かにチームのなくてはならない存在となっている彼だった。
ずらっと並ぶビン飲料。
これこそが厄介の元だ。
合宿地の職員たちが餞別として渡してくれた各種のドリンクや軽食がバスに積み込まれていた、
が、ただ一つ忘れられていたのが栓抜きだったのだ。
「俺にはとてもできんな、そういう芸当は」
行き過ぎざまにニヤニヤ笑いを浮かべながらつぶやいたのが若林だ。
無視だ、無視しかない。
「いい加減、自分でやれよ、人をあてにせずに」
「いやあ、へへ」」
だって楽だし、という身も蓋もない声まで聞こえる。
こういうやつらだとわかってはいるが。
「ほら健ちゃん、スパーンと。スパーンっていっちゃって」
「誰が空手技だ!」
一応深呼吸をしてから、ぬっと掌を差し出す。
「いいから10円を出せ」
「あ、そうそう」
何度も世話をかけている南葛組は、そこは心得ていてすぐに出す。
「自分で覚えろ、ほら」
10円玉を指で支えてぐいっと力を入れると、音もなく王冠が浮いた。
「お、開いた開いた。やったぜ」
石崎は目を輝かせてジュースのビンを受け取ったが、やったと言うならおまえじゃない。
「若島津さん、これも!」
新田は両手の2本をずずいっと差し出す。遠慮のカケラもない。
「コツさえわかったら誰でもできるんだ、自分でやれ!」
「まあまあ」
専用の栓抜きがなくても硬貨1枚でてこの原理で開けられる。10円玉は厚さがちょうど適しているのだ。
「そうは言っても指先が上手く力加減できないと、簡単じゃないですよね。さすがです」
「まあな」
目をキラキラさせるタケシにそっけなく返す日向だが、なぜそんなに得意げなのか。
消費者に異様に気を回す日本では、それに慣れてしまって気づきにくいが、手でひねればすぐ開けられキリトリのミシン目が当然のようにありマジックカットなるものまで存在する日本人には、海外の雑さが実感できないことがある。栓抜き持参は当然期待されることなのだ。
「ラップがスッと切れるって、箱の金具に驚嘆するくらいだし」
岬の声がしている。隣の翼は感心しているがブラジルも大差ないだろう。
「若島津、若島津」
自席に戻ろうとした彼に監督のコソッとした声がかかる。
「これも頼む。コーチたちの分も」
「……」
大人たちがこっそりと持ち込んでいたビールは問答無用で没収となった。
end
PR
カレンダー
プロフィール
HN:
wani
性別:
非公開
P R