大会では好成績を残し、日本代表チームは現地最後の夜をウチアゲとして楽しくゆる~くニギヤカに過ごしていた。仲間の幾人かはクラブとの契約などのため既に離脱していたが。
「トランプも飽きたな。じゃあ次は王様ゲームな」
まだまだテンションの高さはピークのままの一同だった。
ガタガタとイスを車座に並べ直す。逃げようとした者もいたがここは強制参加、力づくで拘束された。
「ヤローだけで? 花がねーなあ」
「まあまあ、それはそれで」
飲み物が追加され、つまみのスナック類もさらに増えた。
「よーし、最初の王様だーれだ」
クジが次々に飛び交う。
「アタマだけでリフティング10回!」
「15番と8番、服を取っ替え!」
最初は健全に進んだが、だんだん過激になっていく。
「次は女装だ!」
「2番が17番にデコピン!」
「え、2番って次籐? 死ぬぞ」
「ギャー、やめろ」
「語尾にバブーってつけて会話だ!」
「カントクの物真似をしながら愛してるって耳に囁くんだ、20番が6番に」
「やーめーてー、ダメージハンパねぇ」
なお監督は同席していない。
「ワサビ寿司を3個食う!」
「ひーっ」
もう止まらない。次の王様がニヤリとした。
「そろそろアレ行くか。1番と13番がキス! いいか、口にだぞ」
「いけいけー、ヒューヒュー」
いやさすがにそれは、と固まった者も数名いたが、ほとんどの勢いは止まらない。
一瞬の間を置いて輪の中からのんきな声が上がる。
「あれー、俺、1番だ」
「えっ」
近くに座る何人かがぎょっと振り返った。
「つ、翼が?」
翼は周囲の声には構わずきょろきょろした。
「えーと13番って誰?」
さっきより間があって、それからしぶしぶというように手が上がった。
「げー、日向!」
「うわ」
さっきまでの盛り上がりとはちょっと違う方向に皆の様子が微妙に動揺を見せた。半分引き気味に、半分興味を見せて場の空気が動く。
が、翼はそれに構わずぴょんと跳ねるように席を立ち、日向のほうに向かった。
まっすぐ向かい合って前に立つ。
「じゃ、いくよ」
「……しかたねえな」
翼は少し腰をかがめてためらいなく日向の唇に触れた。
「わ、やった!」
思わず口に出た歓声…。誰と誰だろうとほんとにやるとは、というところだったが、冷やかしの声は出かけたところで止まってしまった。
「え、と、翼…?」
お題としては瞬速で触れて離れたとしても成立、のつもりだったのだが、翼はそのまま動かない。というよりぐぐいと近づいてそのキスは続いている。力強く。
数秒が過ぎ、1分を超えるに至って、歓声は悲鳴に変わりつつあった。
そばの者は顔色を変え始めた。角度がわずかずつ動いて二人の間で持続する意志がさらに強まる。手は一切触れ合うことなく、キスだけが。
「あのー」
いつのまにか口笛や叫ぶ声などは静まる。
なにしろ、翼はともかく日向のほうはすぐに振り払って逃げるだろうからそれを弄ろうと誰もが期待していたわけだ。
それなのに。
キスは続く。既に数分。翼の喉がごく小さく「く」と鳴ったのを隣の誰かが耳にして逃げ腰になる。
息はどうなってるのか、と本気で気になり始めた頃、逃げ出したいけれど目も離せない、という中でそっと二人が唇を離し、数ミリの間を息継ぎに使うとまたゆっくりと元に戻った。今度は下から日向が身を寄せたようだ。
「ええええっ」
部屋は冷える。さらに数十秒が経過した。
どうすれば助かるんだ、と涙目になる者まで出かけた頃、キスは唐突に終わった。あっさりと。
「んー、こんな感じ?」
振り返った翼があっけらかんと言ったが、全員がそれぞれに目をさまよわせた。
「やれやれだ」
日向がぶっきらぼうに言って舌でぺろりと下唇を舐めると、皆やっと意識を取り戻したかのように動き出す。テンションだけは下がりきったまま。
「ねえ、次は何?」
席に戻った翼の声だけが元気に響いたが、それに応える声は出なかった。
「おや? 打ち上げは終わったのかい?」
その時部屋に入ってきた三杉の言葉に救いを求める無言の視線多数。
「ああ、三杉がいない時でよかった」
そう、先に帰国した岬もね。
end
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