「あーん? 持ってねえはずねえよな?」
「黙ってよこしな」
森崎は震え上がった。取り上げられた学校のカバンをごそごそやられるのを、追い詰められた壁際にへたってただ見るしかない。
「…ちっ、しけてやがる!」
「カバンにないならポケットかぁ?」
ヤンキーたちが迫ったところで声がした。
「こらー、なにやってんだ、おまえら!」
間一髪で近所の商店主が騒ぎに割り込んでくれた。ヤンキーたちは散り散りに逃げる。
散らばったカバンの中身を拾って家に向かう。普段来ない駅前の商店街にたまに寄ったと思ったらこれだ。
でもよかった。カバンの内側につけてある大事なマスコットは金目のものでないと思われて無事だった。見えるところにつけてないのは学校で女子にからかわれたくないからだ。
「ただいまー」
家に帰るとカウンターを拭いていた母が顔を上げた。
「寄り道でもしてたの? すぐに出ないと電車に遅れるわよ」
「うん、大丈夫。もう荷物はまとめてあるから、すぐ出られる」
「あら、制服が汚れてる。どうしたの?」
「あ、ちょっと転んで…」
などと店先でやっていると、外から兄の声がした。
「おーい、有三。静岡まで行くからついでに乗ってけ。新幹線、急ぐんだろ」
「ありがと、助かる。ちょっとだけ待ってて」
部屋から旅行カバンを持ってきて、学校のカバンからマスコットだけつけ直す。
上の兄が運転する配達車は新幹線に近い南口に止まった。
「じゃあな。遠征ガンバレ」
「いってきます」
いつもなら南葛でまとめて出るところを、今回は一人だ。GK組だけ1日早まったから。ちょうどホームに止まっていたこだまに飛び乗って席につく。
森崎はカバンをひざに引っぱり上げてクマのマスコットを眺め、にまにまする。
と、そこへ声がかかった。通路を挟んだ席にいた外国人グループだ。
「スミマセン。富士山に行くんですけど降りるの次ですか?」
「はい、新富士駅で乗換えです。富士宮でバスに乗ってください」
最低限の日本語しか知らないらしい彼らに、最低限の英語で伝える。わかったかな。
羽田では既に若島津が待っていた。
「すぐ手続きしろ。ギリギリだぞ」
「わかった」
バッグを見下ろして、カウンターに行く前のしばしの別れ。若島津はちょっと黙ってから言った。
「あいつが茶色グマなら俺は何色だ」
「え、えと…黒?」
目を見開いてからあわてて答える。若島津は満足そうにうなづいて先に歩き出した。今までこれを見せたことはないはずだけど。
もう一度目でお別れ。あと10時間ちょっと。再会まで。
俺は茶色グマにはなれそうもないけど、白くまになら、なれるかもしれない。
「最強の、白くまに」
普通の高校生から代表のGKに変身する瞬間。
誰にも聞かれないように、もう一度、言った。
end
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