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 北の大地に短い秋が訪れていた。
 ふらの中のグラウンドでは引継ぎをした2年生1年生の部員たちが声をかけながら走っている。3年生は夏の全国大会を経て既に引退済みだが、半数ほどは後輩たちの指導と自分自身の鍛錬のため今も部に出続けていた。
「ほら、美子。今日こそ言っちゃいなさいよ」
「で、でも…」
 部員たちとは遠い校庭の片隅で白いジャージ姿の2人の少女が小声で揉めていた。
「ほら、思い切って」
「でも松山くんに迷惑だろうし」
「まだそんなこと言ってるの。とにかく言ってみれば? ほんとに迷惑なら断るわよ」
「そ、そんな~、町子ぉ」
 ふらの中マネージャーの一人、藤沢美子はもう泣き出さんばかりだ。もう一人のマネージャー町田町子にばんばんと背中をどやしつけられている。
「何だ、どうかしたのか?」
 と、その時背後で声がした。弾かれたように振り返った美子はそこに松山を認めて真っ赤になった。
 松山は両手に水のボトルと救急箱を提げていた。誰かけが人か?
「さ、自分で言うのよ」
 町子に背を押され、美子は半歩前に出た。
「あ、あの松山くん」
「ん?」
 下から目を上げ、松山の視線とぶつかるとまた慌てて下を向く。
「え、と、お願いがあって…」
「おう」
 事情がわからないまま明るく応じる松山に、美子は足元を見ながら小さい声でついに言った。
「…イーグルショットを教えてほしいの」
「はい?」
 松山の反応は当然だった。
「え、えと、小田くんたちのシュートは見よう見真似でなんとかなったんだけど、イーグルショットだけは…」
「え?」
「あのピッチを這うような軌道から一気にホップするでしょう? あそこがどうしても…」
 話を始めると勢いづいたのか、美子の声がせきこむように早まる。
 松山はぽかんとした。
「おまえが、イーグルショットを?」
 誰か別の人間のために教えを請うのでなく?
「ええ。部のためにって、ずっとこっそり練習してたのよ、美子は」
 部活の、マネージャー業の合間に、時間をやりくりして、と町子は言う。
「動画があるからそれを見てなんとか真似られるかと思って。でもどうしても実地じゃないと限界があって」
 だんだんと声がまた落ちる。町子は隣でにっこりした。
「松山くんに知られると怒られるからって、ずっと言い出せずにいたのよ、美子ったら」
「怒る? まさか」
 いやちょっと呆れましたが。
「けど無理じゃねーのか? 俺だってそう簡単にはいかなかったんだぜ? 第一、筋力とかいろいろ…」
「筋トレもしたの。ずっと」
 美子は顔を上げて力を込めた。町子は横からそんな美子の肩を抱いた。
「よかったね、怒られなくて」
「いや、待て。いきなりすぎて」
「おーい」
 そんなところへ駆けてきたのは小田だった。
「松山、何してんだ。怪我したヤツ、待ってるぞ」
「あ、悪い。じゃあおまえこれ頼む。俺ちょっとサブグラウンド行くから」
「はあ?」
 水のボトルと救急箱を押し付けられて、小田が変な声を上げた。
「じゃな。あ、二人とも来てくれ」
 後には不審顔の小田だけが残された。



「じゃあ、実戦は経験ないってことなんだな」
「え、ええ。動画を見ながら真似ていただけ」
 サブグラウンドは芝が薄い。土埃が秋風に舞っていた。
「ならまず見せてくれるか。おまえの実際のプレイを」
「どれを…?」
 美子は消え入りそうな声で言った。
「シュートは松山くんの普段のが1と2。小田くんの。金田くんの。ショートパスだと松田くんのと中川くんの。ドリブルは…」
「おいおい、すごいな。そんなに研究したのか」
 ゴールの前に立って松山は目を見開いた。美子は恥ずかしそうにうつむく。
「最初は、チームのためにコピーしてたの、それで」
「なるほどな。そこまでしてくれてたのか。じゃあとにかくまずシュートいくか」
 手にしていたボールをころころと転がした。ペナルティスポットあたりの美子へ。
 ザッ!
 ネットが鳴る。転がした手もそのままに、背を伸ばしかけたその瞬間だった。
「え?」
 松山は自分の耳の横を過ぎたそのスピードに呆然とした。
「今のが金田くん。小田くんは」
 今度はラインのそばにいた町子から送られた浮き球。
 シュッ!
 またもかすめたシュートに今度こそ松山は青くなる。
「い、今のもう一度頼めるか」
「はい」
 美子は脚を背後に振り上げ、そして振り抜いた。
 寸分たがわぬコース、高さ、強さで再びネットが揺れる。
「…」
 絶句とはこのことだった。松山のその反応に心配そうに美子が言った。
「サンプルが少なくて、同じ動画を繰り返していたんだけど。そのせいか同じ種類のは同じにしか再現できないの」
「は…い」
 松山は自分が見たものが信じられなかった。
「それで松山くんのシュート、1が…」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
 松山は一度ラインを出て、ネット横の水道でざぶざぶ顔を洗った。美子と町子は大人しくボールを前に立ってこちらを見ている。
「お、俺のシュートか。じゃ、行ってくれ」
 もう怖いもの見たさである。キーパーの位置に立ち、「自分の」シュートと対する。
「藤沢、これ…」
 さっきより早い、威力のあるボールが空気を切り裂いた。これもネットを揺らして転がる。
「1のほうは夏の大会で南葛戦の前半に。次は道大会で…」
 どこか向こうに聞こえる解説をうつろに耳にしながら、松山はうなづいた。
「つまりおまえは動画で俺達のプレイを繰り返し見て、コピーしてるって?」
「…ええ」
 美子の不安そうな声がした。松山はここで頭をぶるんと一振りする。
「それで、その、イーグルショットだな?」
「はい!」
 松山その2を打とうとしていた美子のいい返事が返ってきた。期待に目がきらめいているような。
「動画ではもうキリなく見たの。でも実物をすぐ前で見て教われるなら…」
「…よーくわかった」
 よーく、に力を込めて松山は言った。
「おまえのスキルは本物だ。力負けもしてねえ。コピー能力も信じがたいほどだ。…よし、本気で行くぞ!」
「はい! お願いします!」
 熱血の時間だった。



「しかし」
 いかに粘りの松山とはいえ、声を出すのに苦労する。グラウンドにうつぶせた上体をぐぐっと起こしながら。
「かなりいいとこ行ってるぞ。ロングシュートとしては上出来だ。俺のとはタイプが違うが」
「やっぱり」
 美子は悲しそうだった。
「イーグルショットに近付くにはまだ練習が足りないのね」
「美子、まあ気を落とさずに」
 町子が肩に手を置いた。
「私の目には違いがわからないくらいよ。まあ荒鷲は無理でも鷲の雛にはなったわね」
「ほんとに? ありがとう!」
「い、いや雛というか」
 そんなレベルではない。松山はそう言いたかった。
「せめてエゾフクロウとかにしろよ」
「やだー、カワイイ」
 少女たちはキャッキャッと笑った。エゾフクロウがその見た目に反してしっかりと猛禽だということは地元の人間なら皆知っている。
「けどよ。話を戻すけど、何でこんな真似することになったんだ?」
 松山の言葉に、実戦練習の熱に頬を染めたままの美子はちょっとためらった。
「…武蔵の弥生ちゃんが…あ、マネージャーの青葉さんがよく動画を送ってくれるんだけど」
 そのほとんどがキャプテンとのラブラブのろけ動画だということは伏せる。
「三杉くんの自主練に付き合えるようにゴールキーパーの修行を始めたんですって。すごいなーと思って。あ、私はさすがにキーパーは無理だからせめてフィールドプレイヤーをって」
 美子は振り返って町子に預けていたスマホを受け取り、その画面を見せた。(弥生の動画
「う!」
 こわごわ覗き込んだその動画は、また松山を撃沈させた。
 いつまでも戻らない松山を不思議がった数人がサブグラウンドにやってきたが、松山はかたくなに口を閉ざし、少女たちの秘密は胸に収めたのだった。




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