南葛と東邦が優勝を分け合って終わった今年の全国大会。その日の夕方、まだ明るい空から日が降り注いでいる宿舎の片隅で頭を抱えている一人の選手がいた。
「おう、小田、こんなとこにいたのか」
明るく声をかけたのは同じふらの中の松山だった。チームの面々は今日は思い思いに決勝戦を観戦したのだったが、そういえば小田の姿がなかったと思い至る。
「代表候補の発表、聞いたろ? おまえと加藤も…」
言いながらロビーのソファーにいる小田の正面にまわった松山はそこで言葉を切って駆け寄る。
「おい? どうかしたのか」
「うう…」
まさか気分でも悪いのか、とあせった松山だが、顔を力なく上げた小田の表情にぽかんとする。
「松山、助けてくれ――」
「え?」
今にも泣きそうな震え声で小田が言った言葉に松山は絶句する。
「今夜の閉会セレモニーパーティーでおまえが? まさか」
ベスト4までの4チームが出席する立食パーティーだ。彼らもその話を聞いて中学生らしく食事など楽しみにしていたのだが。
「歌えばいいじゃないか」
「そ、そんな~」
いくつか余興が予定される中、唯一指名されてしまった選手、それが小田だった。
「助けるったってなあ。一緒に歌ってやってもいいけど、俺は心の大樹の四部合唱くらいしか歌えないぜ?」
それはカラオケの時の松山の唯一の持ち歌だった。しかも小田が指名を受けたのはそんなものではない。
「小田和正しばりって、無理だよー、絶対!」
選曲は任せるから小田和正ナンバーでよろしくと軽く言われ、小田は何も言えなくなったという。
「俺の希望は『ラブソングは突然に』、だな」
「おい、松山!」
あまり真剣に考えているとは思えない。
「もういい! 南葛のフロアに行ってくる」
「えっ、なんで南葛?」
松山は唖然としたが、小田は後も見ずに駆け出していった。
「ムリムリ、無理だよーっ!」
「そう言わずなんとか」
小田がすがったのは南葛の森崎だった。当然青ざめる。一緒にいた仲間はニヤニヤしていたが。
「おまえら顔も似てるけど声がそっくりだしな、いーんじゃねえの?」
「森崎、OKしてやれよ」
周囲の軽いリアクションに対して、本人は卒倒せんばかりだ。
「俺、やっぱり『言葉にならない』がいいな」
「いやいや、『たいせつなこと』だよ。あれ泣ける」
小田が頼んだのは、自分に成り代わってステージに出てくれだったから森崎も必死に逃げる。当然だ。よりによって小田和正だなんてハードルが高すぎる。
「大丈夫だから。見ただけじゃわからないって」
「ひーっ!」
追い詰められた森崎は震える声で一つの提案をした。
「と、東邦の島野に頼んでみよう」
「そうか!」
今度は東邦のフロアだ。島野を見つけて二人して詰め寄る。
「いいよ?」
「え」
こっちの切迫した様子にも島野は動じなかった。
「小田和正ならなんでもいいんだな? オフコース時代のでも?」
「う、うん」
逆に立ちすくむ。
「歌だけか? ギターもつける?」
横に合図して、反町がギターを取り出したのを待ってポロリンと簡単にチューニングをする。『グッドバイ』を1フレーズほど歌って、こんな感じでいいのか?と問う。
「ももも、もちろん!」
安心のあまり涙ぐみそうになる。天の助けとはこのことか。
「さ、さすがは都会のヤツは違うな」
「うん、全然手馴れてる」
ひそひそと頭を寄せ合う二人だった。
『ではふらの中の小田和正くんに歌ってもらいます! 曲は、『君だけが住む街へ』!』
パーティの本番。嬉々として紹介する大会スタッフだった。おまえ、これが言いたいだけだろ、と袖に隠れる小田と森崎だ。
『♪ その弱さは罪じゃない 過去は忘れて
消えたいくらい 追いつめられても
影の中の 暗闇に飲み込まれないで
君が旅立つ 港で僕は待つ
君が向かうのは 君だけの街
いつか僕も行くから 必ず行くから
君はひとりじゃない どんな時も』
「ん~、いいねえ」
「この歌って、3人ボーカルの曲なんだけどね」
「へー、そうなんだ」
会場ではふらのも南葛も複雑な面持ちだった。舞台袖から引っ張り出されて、結局3人で歌うはめになったかどうかは触れないでおこう。もちろんこの選曲は島野の思惑どおりだったわけだが。
ともあれこの後は飛び入りが続き、主に松山と日向のバトルに落ち着いたのは言うまでもない。
end
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